当サイトはプロモーションを含みます

芸能人・借金王ランキング10選!なぜ巨額の借金を返済できたのか?

華やかなイメージのある芸能界と、芸能人の皆さん。

しかし、それとは裏腹に稼げば稼ぐほど甘い言葉でそそのかされ、うまく利用されて巨額の借金をしてしまう人も多くいます。

でもそれを全部完済できてしまうのがまた芸能界のすごいところです。

今回はそんな借金地獄から見事完済できた芸能人についてランキング形式で紹介しますのでご覧ください!

 

芸能人の借金王ランキング10選!借金理由と返済方法は?

あの有名な人がこんなに借金を?!意外な人物がオドロキの金額を借金しています。

その理由や完済までにかかった時間などを含めて借金王ベスト10を発表します。

 

10位:アントニオ猪木(推定20億円 完済)

赤いタオル、「元気ですかー?!」でお馴染みのアントニオ猪木さん。

実は推定20億円もの借金を背負ってきました。

 

その理由は、主に2つあります。

 

1つめは1976年6月に行われたモハメド・アリとの異種格闘技戦でのことです。

プロボクシング界の大物と対決するということで、モハメド・アリに支払うギャラが約20億円必要となりました。

そこでアントニオ猪木さんは10億円の借金を背負ったと言われています。

こちらは最終的にテレビ朝日や当時サポートしていた側近等の裏交渉によりゼロになったと言われています。

 

2つめは1980年代のことです。

新日本プロレスで社長を務めていたアントニオ猪木さんは、幼少期過ごしたブラジルで「アントン・ハイセル社」を設立しました。

サトウキビの搾りカスから精製したアルコールをバイオ燃料に転換する技術開発を目指していましたが、数年で経営が行き詰まり、経営破綻に追い込まれます。

この時の負債で約16億円の借金を背負ったと言われていました。

 

さらに会社を立て直すために新日本プロレスの社員や所属レスラー・関係者から借金を重ね、挙句の果てには新日本プロレスの社内利益を副業のアントン・ハイセル社の借金に補填してしまうのです。

借金自体は補填した分や、当時のスポンサーの佐川急便の会長に肩代わりしてもらったりして完済しましたが、新日本プロレスは内部崩壊してしまいます。

売り上げをつぎ込んだことで当時売れっ子だったレスラーで愛弟子の初代タイガーマスクや長州力、高田延彦たちが大量離脱してしまうのです。

 

その後アントニオ猪木さんは新日本プロレスの社長を解任されます。

周りに助けられ、借金地獄は割とすんなり終わりましたが猪突猛進なアントニオ猪木さんは、結局設立した会社も新日本プロレスも無くしてしまう結果に終わりました。

 

しかし、アントニオ猪木さんはこれに懲りずまた会社を設立し、失敗し、またチャレンジしてを繰り返しています。

まさにアントニオ猪木さんの座右の銘、「道」のとおり

この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ

これを地で行ってる方なのでしょう。

道を突き進むアントニオ猪木さんは、これからも借金と闘い続けるのかもしれません。

 

 

9位:加山雄三(推定23億円 完済)

永遠の若大将、加山雄三さんが背負った借金は推定23億円と言われています。

その原因は、いくつかあります。

 

一つは1970年代のことです。

加山雄三さんの叔父がが営む神奈川、茅ヶ崎のホテルが倒産し、その保証人として約20億円の借金を背負いました。

もう一つは、新潟・湯沢温泉スキー場で「加山キャプテンコースト」を開業しました。

バブル絶頂期の頃に100億円かけて開業したこのスキー場が大赤字。2011年7月に閉鎖し、借金だけが残ります。

 

多額の負債を背負う加山雄三さんですが、本人はそれが追い風となり仕事に打ち込むことができたと語っていました。

 

完済方法は「いろいろな仕事をして返すことができた」と加山雄三さんは言っていたそうですが、一体どんなお仕事なのか?

業界関係者は「いろいろな仕事」の中身はこちらのような仕事ではと推測しています。

亡くなった地井武男の人気番組『ちい散歩』の後継番組として始まった

『若大将のゆうゆう散歩』(テレビ朝日系)が大きかったようだ。

テレビ局関係者が明かす。

「地井さんは週5回の放送で、放送1回につき30万円の出演料だといわれていた。

加山さんはさらに高額のギャラだった可能性もあり、それだけで年間で億単位の収入になります」

こんな追い風も吹いた。加山は2008年に「CR加山雄三」というパチンコ台のイメージキャラとなった。

「あれほどのビッグネームなのでライセンス料だけで数千万円のお金が動いたはず

2008年はパチンコ景気も今より良かったですしね」(パチンコ業界関係者)

テレビ、パチンコの他に地道な“稼業”もあった。

「趣味の絵画でも個展や販売会にこまめに顔を出し、さり気なくセールスする。

いまも人気は健在で、月に一度銀座のクラブで行なうライブはキャンセル待ち状態。

ディナーショーのチケットは4万円以上で、講演会のギャラは1回400万円なんて噂もある」(前出・芸能関係者)

加山雄三さんは自信の愛船も手放し、仕事も地道にこなし借金を完済されました。

 

真面目で優しく、借金を背負ってもそれを感じさせない持ち前の明るさと人柄の良い加山雄三さんだからこそ、

人気も健在で仕事がなくなることもなく、無事に完済することが出来たんですね。

 

8位:藤田まこと(推定30億円 完済)

名俳優で「必殺仕事人」でお馴染みの藤田まことさんの背負った借金は推定30億円と言われています。

それも全て完済しているようですが、借金の理由はお店の経営にありました。

でも藤田まことさんが経営していたのではなく、奥様が経営していた焼き肉店が失敗したのです。

 

また他にも身内がブティックなどを経営し、藤田まことさんが保証人になっていたとか。

その額がおよそ30億円でした。

 

時代がバブル景気の頃だったので、最初はなんとか返済していたのですが、その後バブルが崩壊します。

資金調達が困難になったため、推定10億円の自宅「主水御殿」も手放し、不動産・車・絵画なども売却してなんとか支払っていきました。

途中自己破産を進められたようですが、藤田まことさんは奥さんをかばってしなかったようです。

 

借金を返すために必死で10年間お仕事を頑張り、完済されました。

2010年2月17日に大動脈瘤破裂のために藤田まことさんは亡くなりましたが、借金をきちんと清算してからというのがまさに「必殺仕事人」ですね。

 

 

7位:矢沢永吉(推定35億円 完済)

ロックミュージシャン界のレジェンド矢沢永吉さんの借金は推定35億円と言われています。

しかしわずか6年で完済するというまさにBIGな男、矢沢永吉さんです。

その借金の理由は詐欺により騙された、とのことです。

 

その内容はこちらです。

矢沢はオーストラリアのゴールドコーストに強く惹かれ、

そこに音楽学校やスタジオを作れないか?と考えるようになる。

このプロジェクトにあたって、信頼できる二人の部下に任せるようにしたそう。

一人は英語が話せて現地との交渉事をスムーズにできる男。

もう一人は不動産や金融関係の経験が豊富な年長者。

最適な組み合わせであったはずだった。

だが、1998年に衝撃の事実が発覚する。

現地の部下二人は矢沢の会社で別のビジネスを行っており、矢沢への報告はすべて虚偽だったことが判明。

詐欺・横領などによって矢沢が受けた被害総額は35億円。

その全ての借金を矢沢が背負うこととなってしまう。

これはオーストラリア犯罪史上二番目に大きい被害金額であった。

 

信頼していた部下に裏切られ、当初は毎日酒をあおっていたようですが、矢沢永吉さんの素晴らしいところはそこで挫折するのではなく、借金返済を決意するところです。

 

音楽活動も精力的にしますが、CMや映画などにも出演し、わずか6年で完済します。

しかも一度も返済が遅れることがなく、借金の返済界でもレジェンドとなりました。

 

6位:さだまさし(推定35億円 完済)

 

View this post on Instagram

 

さだまさしさん(@sada_masashi)がシェアした投稿

「関白宣言」で有名なシンガーソングライターさだまさしさんの借金は推定35億円と言われています。

その理由はさだまさしさん自身が主演・監督・音楽を務めた映画の制作のためです。

 

映画「長江」は1981年に公開されました。

興行的に不評だったのかというとそんなこともなく、むしろヒット作だったそうです。

ではなぜ負債が35億円にも上ったかと言えば、制作費に莫大な金額をつぎ込んだからと言われています。

 

撮影現場は中国で、それが難航し予想よりも大規模な撮影になってしまいました。

また、スケジュールも予定より超過、人件費、制作費がどんどんと増え、融資額の金利も上がり最終的にスポンサーなどからのお金だけでは足りず

35億円もの借金を背負うことになってしまったのです。

 

借金の完済には30年かかったそうですが、めげずに頑張ってこれたのは自分の夢を叶えたからだと語っています。

映画はさだまさしさんの理想と夢が詰まっていました。

そのための借金だったので、背負っても心が折れることもなく、歌い続けて完済します。

 

さだまさしさんは「詩島」という島を所有しており、借金を返済しているさなかもそれを手放すことはありませんでした。

それも、この島も大切な夢の一つだったからだそう。

自分の夢のために努力を惜しまない、まさに夢追人ですね。

 

5位:坂口良子(推定40億円 完済)

 

View this post on Instagram

 

幸田さん(@cckoda)がシェアした投稿

2013年3月27日に急死した坂口良子さんは、元人気女優でしたが背負っていた借金は約40億円と言われています。

借金の理由は元夫が不動産業者で、バブル崩壊の時に一気に負債を背負ったからです。

 

しかし、この負債は坂口良子さんのあずかり知らないところで背負わされていました。

自分が知らない間に連帯保証人にされ、預金も勝手に下ろされていたと本人が生前語っています。

それでもめげずに必死で働き借金を返し続けました。

 

仕事も内容は選ばずにヌードや歌手、女優などあらゆる仕事をして完済しました。

借金返済後は娘さんの坂口杏里さんと共にテレビで共演する姿も見られましたし、プロゴルファーの尾崎建夫さんと再婚も果たしています。

 

けれど坂口良子さんは幸せをやっとつかんださなか、病死してしまいました。

苦しみをやっと乗り越えたのに、やはり女性一人で多額の借金を背負うということは、体のどこかに影響を及ぼすのですね。

娘を育てながら、返済後も娘のためにと仕事を頑張り続けた坂口良子さんは母の鏡です。

 

 

4位:君島朗・十和子夫妻(推定40億円 完済)

君島ブランドを受け継いだ君島明・十和子夫妻が背負った借金は約40億円と言われています。

借金の原因は父親である君島一郎さんの事業を引き継いだ事により発生した負債になります。

 

もともと君島一郎さんは一流のファッションデザイナー。

立ち上げたファッションブランド「君島ブランド」は皇族や上流階級の人間に好まれ、愛用されており、海外でも高い評価を受けていました。

日本を代表するファッションデザイナーと言われるほどの実力者である君島一郎さんは、女性の間でも憧れのブランドとなります。

 

しかし1995年に女優の吉川十和子さんと君島明さんが婚約を発表したときから、君島家のドロドロとしたお家騒動が明るみに出てしまいました。

君島明さんが本妻の息子では無いことや、それにまつわるスキャンダルなどがマスコミを騒がせ、一時期はその話題で各メディアが持ちきりでした。

 

当然、君島ブランドはその影響で一気に地に落ち、全店閉店します。

売り上げもダウンし、経営が一気に悪化し、借金まみれになってしまいました。

そのさなかに君島一郎さんが急死し、莫大な借金を君島明さんが引き継ぐことになります。

 

結局借金を残したまま会社は倒産してしまいました。

借金は無事に完済され、今では君島十和子さんが立ち上げた君島十和子の化粧品の売れ行きが良く、充実した生活を送っているようです。

まさに負の遺産を引き継いだ一例ですね。

 

3位:江川卓(推定50億円 完済)

元プロ野球選手の江川卓さんの背負った借金は約50億円と推測されています。

その原因はプロ野球引退後の副業と言われています。

 

その内容はこちらです。

映画でもお馴染みの老舗高級宝石店「ティファニー」のニューヨーク本社ビルを買い取ったことで話題となっていたのが

第一不動産グループ(2007年に倒産)の佐藤行雄社長(故人)です。

江川氏は現役時代からゴルフや財界人の会合などで佐藤社長と親交を深めており、

現役引退後程なくして、第一不動産グループの社外役員として事業に参加していくことになります。

同社がスポンサーとなったゴルフトーナメントの実行委員長を皮切りに、

東京ディズニーリゾート内に1990年開業した「東京ベイホテル東急」(当時は第一不動産グループの傘下)の運営に携わるなど、精力的に活動。

実際、同グループは1991年に年商938億円を記録したとのこと。

しかしその直後、ご存知の通り、バブルは崩壊。

江川氏個人と江川企画を合わせ、総額50億円ともされる借金を背負うことになりました。

ちなみに、第一不動産は前述の東京ディズニーリゾート内のホテルなど所有不動産の売却などで債務返済を行なっており、

2003年には「株式会社エフ・アール・イー」に社名変更するなどしていましたが、2007年に倒産。

社長の佐藤氏も2009年、心不全により他界しています。

江川卓さんは、野球の解説者や、タレント活動などで地道にこれを返済していったそうです。

一回の解説で300万円ほどのギャラが出るようで、それなら膨大な借金が返済できるのも頷けます。

 

 

2位:小林旭(推定51億円 完済)

「マイトガイ」の愛称で知られ、あの石原裕次郎さんと並ぶ大スターとして活躍していた昭和の名俳優・小林旭さん。

背負った借金は51億円と推定されています。

 

小林旭さんは何度も借金をし返済をする…を繰り返しているほど強運と不運の持ち主です。

まずはゴルフ場開発をし始た矢先に、工場中の土地から横穴式住居の遺跡が発見され、別の土地を買い足さなければ行けなくなったり、

第2次オイルショックで借金を背負い、その金額は約14億円に上ったと言われています。

 

しかし、その後「昔の名前で出ています」が大ヒットし、わずか数年で完済することが出来ました。

次にバブル時代に熱海にマリーナを持っていたり、蓼科高原や沖縄などでリゾートホテルを経営したりしていましたが、バブルが崩壊し借金を背負います。

 

この借金が約40億円~50億円と言われていますが、これも大ヒット曲「熱き心に」により完済。

多額の借金を背負いながらも自分の稼ぎだけで返済するとは、さすが大スターですね。

 

1位:千昌夫(推定2853億円 完済)

そして輝かしい借金王第1位は、千昌夫さんの借金額、推定2853億円です。

他の芸能人の借金と比べてぶっちぎりで高額ですね!

 

ここまで借金の金額が膨らんでしまったのには千昌夫さんの始めた不動産業が影響しています。

デビューして売れるまで何の苦労もしなかった千昌夫さんは、出す曲が全て次々とヒットし、人気もうなぎ登りでした。

収入が入り始めた20歳の頃から投資を始め、25歳には不動産で莫大な収入を得る資産家になりました。

 

そして「アベインターナショナル」という会社を設立し、不動産業を拡大します。

1980年代には不動産業に専念し、歌手を休業して土地を買いまくり「歌う不動産王」と呼ばれるほど不動産で成功を納めました

最盛期には資産3500億円と言われています。

 

しかし、負債を負うようになったのは1991年のバブル崩壊です。

土地が一気に値下がり、2000年に会社は経営破綻し、総額1034億円の負債を抱えます。

千昌夫さんの個人負債は約3000億円という天文学的数字にまで膨れ上がりました。

 

結局、民事再生法で1億5000万円まで棒引きされたり、会社更生法の適用が認められたりして歌手の活動をしながらなんとか返済をします。

地道に返済をして、今は全て完済に至ったようです。

 

なぜ芸能人たちは巨額の借金ができたの?なぜ返済できたの?

芸能人の借金は負の遺産も中にはありましたが、ほとんどがバブル期の不動産業や会社経営が影響しています。

有名になればなるほど、その資産を狙って甘い言葉ですりよる人も多いのでしょうね。

 

調べていると、不動産業を始めたきっかけは自分の意志と言うよりは「誰かにお勧めされたから」というものがほとんどでした。

自分の目で見て自分で考えて、甘い話には乗らない意志の強さが必要になります。

しかし、有名な方ほどその人気のおかげで、返済も一般人よりも早く出来ています。

 

もちろん個人の努力もありますが、それでも何十年もかかるものを数年で返済できているあたり、芸能界の収入の上下の激しさが窺われます。

華やかであり怖い世界でもありますね。以上、借金王についてでした。