三浦瑠麗の性被害内容がエグい!犯人の正体や自伝本を書いた理由とは?

三浦瑠麗(みうらるり)さんと言えば、『朝まで生テレビ!』『ワイドナショー』『とくダネ!』などのテレビ番組に出演されている人気コメンテーター。

東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了の才媛でもあります。

 

職業柄パンチの効いた発言に注目が集まる女性でもありますが、実は過去に集団性的暴行事件に遭ったことを著書『孤独の意味も、女であることの味わいも』で明かしています。

created by Rinker
新潮社
¥1,430 (2020/09/18 22:05:21時点 Amazon調べ-詳細)

今回は性被害の内容や自伝本の中でその経験を明かした理由、さらには旦那さんである三浦清志さんとの関係について調べてみました。

 

男女関係なく人が生きることを改めて考える作品になっていると話題の本ですので、フラットな目線で最後まで読んでもらえたらと思います。

 

三浦瑠麗の性被害内容がエグい!子供時代の事件とは?

テレビに出演されている三浦瑠麗さんを見て、「美人だし東大出身だし人生イージーモードって感じだな。」なんて思っていた方もいるかもしれません。

 

しかし、14歳の時にバンに乗っていた男性グループに声をかけられ性的暴行の被害者になったことを著書『孤独の意味も、女であることの味わいも』の中で明かしています。

あとはあまり覚えていない。覚えているのは痛みと、死ぬのだろうな、という非常にリアルな感覚だけだ。私の頸に手をかけたそのうちの一人ののっぺりとした眼つきが醜くて気持ち悪く、せめてもっと楽な死に方をさせてもらいたかった。

殺風景な新幹線の高架下で、ほらよ、と放り出されて、私はバッグとスカーフを胸に抱えて家までよろよろと歩いた。自分がどんなにぼろぼろでも、いつも通りの田舎の風景は微塵も私の心に寄り添ってはくれなかった。

きちんと閉まった正面の門を避けて庭の戸口から入り、母が茅ヶ崎の庭から持ってきて植えたあんずの木の下で、隠れるように外水栓の水で顔と手を洗った。制服を脱ぎ捨てたのち、手負いの狼のように私は炬燵の中で唸った。下腹部の痛みが尋常ではなかった。手でさわると血がついた。

14歳という若さで屈辱的な行為を受け、死へのギリギリのラインまで行ってしまったことが克明に記されていますね。

 

別件にはなりますが、性的暴行を受けたとして元TBS記者である山口敬之氏と裁判で争っている伊藤詩織さんの民事訴訟が、2019年末SNSを中心に話題になりました。

民事訴訟の判決後の記者会見で、伊藤詩織さんは「性暴力は人の土台を傷つける」と言葉にしていました。

その言葉の意味が深く納得できる描写が『孤独の意味も、女であることの味わいも』の中にも詰まっていると言えますね。

 

“絶対におかしいことなのに、なぜこのような事件があとを絶たないのか”

自分の経験ではないのに、改めて強い苛立ちを感じます。

 

 

 

三浦瑠麗の性被害犯人は知り合いだった?現在捕まっている?

三浦瑠麗さんは『孤独の意味も、女であることの味わいも』の中で犯人グループについて次のように述べています。

少なくとも一人は知っている顔だったと思う。

加害者が知人であったが故に、被害者自身が自分のふるまいに落ち度があったのではないかと感じてしまいますよね。

 

実際に人間不信や事件によって受けた心の傷が原因で自ら命を絶つことまで考えたと、三浦瑠麗さんは2019年6月17日放送・フジテレビ系『ノンストップ』の中で語っていました。

 

事件当時どうしたらいいのかわからず、母親にも被害に遭ったことが言えなかったという三浦瑠麗さん。

当然警察に通報していないので、犯人グループは現在も捕まっておらず野放しになってしまいました。

 

ただ性的暴行を受けたことを言い出せないというのは珍しい話ではなく、実際に日本では4%ほどの被害者しか警察へ訴えることが出来ていないのが現状です。

言葉で説明することへの恐怖や嫌悪感を考えれば無理もありませんし、警察へ訴えたところで自分の落ち度を指摘されたり立件が難しいから諦めろと言われることが多いのが周知の事実。

 

でも悪いのは被害者ではなく、絶対的に加害者。男女問わずどんな理由があっても望まない性行為や暴力は許されません!

より一層の厳罰化と、泣き寝入りしないで済む世の中になることを望まずにはいられませんね。

 

 

三浦瑠麗の性被害内容を自伝本に書いた理由とは?

三浦瑠麗さんは、なぜこのような自伝本を出すことを決意したのでしょうか?

執筆依頼を受けた時点で既に娘さんがいらっしゃる立場だったことから考えても、家族全体が色眼鏡で見られてしまうリスクもあったハズです。

 

仕事への影響も勿論避けられないですし、社会全体としてそういう辛い経験にフタをしようとする風潮があるのも事実。

だからこそ、その勇気ある決断に至った経緯が気になりますよね。

 

その理由を三浦瑠麗さん自身がBuzzFeedの取材に下記のように答えています。

私のもとには、ミソジニー(女性嫌悪)からくるバッシングが日々、数えきれないほど届きます。そういう「目立って叩かれやすい三浦瑠麗が、どうやって嫌がらせや生きづらさを克服してきたのかを書いてほしい」というのが編集者からのオーダーでした。

引用元:BuzzFeed

元々は女性の生きづらさに対する著書というコンセプトだったということですね。

確かに女性の生きづらさの原因や解決策は人の数だけ答えがあるので、自伝というスタイルに行き着いたのは自然な流れと言えます。

 

さらに三浦瑠麗さんは著書の位置づけについてこのように話しています。

この本は、性的被害をテーマにした本ではないんです。書く作業の中で出てきた体験の一つに過ぎません。ただ、自分の人生の中で、どのような体験として位置付けてきたのかを、どうやったら読者の方々に伝えられるかについては、よく考えました。

引用元:BuzzFeed

つらさの連鎖や、世代を越えた継承ではなくて、つらさの克服や愛の継承が必要なのではないでしょうか。最終的に幸せになっていくんだよ、という人生観をあのとき私に与えてくれる人がいたとしたら、もう少し、生きやすくなったんじゃないかな。
それが、あのときの私や娘や、いま十代を過ごしている女の子や、これから生まれてくる子たちに、時を超えて届けたかったことです。

引用元:BuzzFeed

 

“様々な不条理に対して辛い経験のみにフォーカスし苦しみ続ける必要はないんだ”

“その後の未来を豊かにする選択を自分の手でしていくのも1つの答えなんだ”

という呼びかけを著書の中でしているということですね。

 

#MeToo運動の盛り上がりによって、このような事件が明るみに出ることがこれから増えてくることが予想されます。

しかし事件後にスポットライトを当てたメディアはまだ数が少ないですね。

だからこそ書くことで救われる人がいるならという想いが強く伝わってくる作品と言えます。

 

 

三浦瑠麗の自伝本を読んだ人たちの口コミ・感想は?

口コミ・感想

女性の立場からすれば、「内容に共鳴しすぎてしまうのが不安」と思われたかもしれないですし、男性だったら「自分はどうしたらいいかわからない気持ちになりそう」と敬遠したくなってしまうかもしれませんね。

 

でも性被害に関する事件が社会的注目を集める今、チャレンジする価値がある作品なのは間違いありません。

だからこそ実際に読んだ方がどんな感想を抱き、どんな気持ちになったのかをリサーチしてみました。

性被害・いじめ・親からの抑圧・我が子を亡くす等、薄い本だとは信じられないくらい内容が詰まった『孤独の意味も、女であることの味わいも』。

レビューを見ていても、読んだ人のどの感性を揺さぶったかによっていろいろな形の感想がありました。

 

ただ多くの人に共通していたポイントとして、“苦しみも喜びも誰かに支配されるものではなく自分で大切にしていくものだ”という三浦瑠麗さんのしなやかな強さに魅了されたというもの。

三浦瑠麗さんが壮絶な過去をしっかり客観視して文章にされているので、読んでいて苦しくなりはしても内容に引き連られたという方はあまりお見受けしませんでした。

 

私自身は10代や20代の若い女性が社会から無意識にかけられた呪いを解くカギのような作品だと感じました。

おうち時間が増える今だからこそ、手に取ってみてはいかがでしょうか。

 

 

三浦瑠麗の性被害から救ったのは現在の夫・清志氏だった

三浦瑠璃さんが過去の事件に関する苦しみを「初めて受け止めてもらった」と感じているのが、大学4年生からお付き合いを始めて現在は夫である三浦清志さんです。

写真を見る限りハイセンスなイケダンって感じですよね。

 

お二人が過去の事件をどのように受け止めているかをNHK『クローズアップ現代』で対談しています。


対談のポイントとして、過去の事件も含め三浦瑠麗さんがいろんな話をした時に三浦清志さんは聞き役に徹して受け止めるというスタンスだったということでした。

 

特にキーになってくるのは、これらの表現。

私は飛行機の機内でいろんなことを言ったけれど、それが蒸し返されることがあんまりなくて、「言いたければいつでも聞くよ」っていうスタンスでした。逆に私の特定の不幸を利用して、私に精神的支配を及ぼそうみたいなことは一切なかったんですよね。それってすごく新しい経験だったんです。(三浦瑠麗さん談)

引用元:NHK

月並みですけど、聞いてあげることと、応援してあげることとに尽きるかなという気がしていて。代わりにその経験をできるわけでもないですし、その人生が進んでいくのを代わりに生きてあげることもできない。最終的には本人が乗り越えていかなきゃいけないと思うんです。それをできるかどうかっていうのは、周りのサポートは当然大きいと思っていて。特に男性だと、全部を理解してあげられるわけではないけれど、やれることは何かっていうと、聞いてあげること、応援すること、いつも味方だよって伝わるようにすることなのかなと思いますね。(三浦清志さん談)

引用元:NHK

この2人の対談の根幹として、“性被害に遭ったことをなかったことにはしてあげられないが、相手の味方として心に寄り添い続けることは出来る”という話をされていました。

 

三浦瑠麗さんは旦那さんよりも前にお付き合いした男性にカミングアウトした際は、「自分が綺麗にしてあげる」というニュアンスの言葉を投げかけられた経験があったと対談中に話しています。

 

これは性被害によって汚れてしまったという前提がないと出てこない言葉であり、偏見で相手を苦しめる『セカンドレイプ』に当たる表現だと考えられます。

悪気がなかったといはいえ、被害者の自尊心を傷つけ心の回復を妨げてしまう行為なので避けねばなりません。

 

“焦って相手に特別な何かをしようとするのではなく、相手の心の機微をきちんと理解する”

トピックとしては性被害ですが、本質は誰にでも当てはまる人間関係の核についての話であるこの対談。

 

知人と接触が控えられている今だからこその感じ方があるハズ。

三浦瑠麗さんの著書と併せて、映像を見てみてはいかかでしょうか。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。