中田英寿の現在と年収に驚き!仕事は日本酒会社やゴルフなどマルチに活躍!

日本サッカーの代表と言えば三浦知良さんや本田圭佑さん、香川真司さんなどですが世界で最も有名になった日本人サッカー選手と言えば中田英寿選手です。

 

中田英寿さん以外にも海外で活躍している日本人は多数いますが、中田英寿さんは全く違う次元の活躍をしていました。

 

そんな中田英寿さんは現在日本酒やゴルフの関係の仕事でマルチに活躍しているそうです。

お仕事内容や驚きの年収についてまとめましたのでご覧ください。

 

中田英寿のプロフィール

中田英寿さんのプロフィールはこちらです。

  • 本名:中田英寿
  • 愛称:ヒデ
  • 生年月日:1977年1月22日(43歳)
  • 出身地:山梨県甲府市
  • 身長:175センチ
  • 体重:72キログラム
  • 血液型:O型
  • 出身校:甲府北中学校
  • 韮崎高校
  • 趣味:読書・音楽・映画鑑賞・漫画
  • 特技:英語・イタリア語

 

中田英寿さんは小学校と中学校は地元の学校に通っていましたが、その頃から北新サッカースポーツ少年団に所属してサッカーをしていました。

 

その頃は特に秀でていたわけではありませんが、15歳以下日本代表に呼ばれていました。

その後高校でもサッカーを続け全国大会に出場し、卒業と同時にベルマーレ平塚へ入団したのです。

 

すぐに活躍しあっという間にその名を広めた中田英寿さんは22歳でイタリア(セリエA)のペルージャに移籍しました。

その後、イタリアの世界的名門クラブ「ASローマ」に移籍して、活躍をし世界中に名を広めたのです。

 

そのため「世界のナカタヒデ」と呼ばれるほどの有名選手となりました。

ここまで有名な日本人選手は中田英寿選手をおいて他にいないと言われています。

 

中田英寿は現在なにしてる?仕事や年収に驚き!

中田英寿さんは現在なにしてるか気になりますよね。

サッカー選手として活躍していた中田英寿さんですが現在はビジネスマンとして活動しています。

その意外な仕事や驚きの年収についてまとめてみました。

 

中田英寿は日本酒会社CEOやゴルフ関係の仕事をしてる?

中田英寿さんは2006年に現役を引退した後、サッカー界から少し距離を置いていました。

 

当初サッカーの指導者や解説者のお仕事をするかと思いきや…こちらのように語っていました。

国際経験も豊富なだけに指導者などとして復帰を求める待望論があるようだが、

「僕にとってサッカーはあくまで自分でやるもの。

サッカーは見るスポーツでもなければ、教えるスポーツでもない。

見ることも、教えることもあまり好きではない」

そのためサッカーに関わる仕事はしていませんでした。

 

しかし完全に関係を絶ったわけではなく2017年には「FIFA諮問機関(国際サッカー評議会)」入りを報じられたり、FIFA授賞式のプレゼンターになったりしています。

ただそれは仕事ではなく活動の一環としてでした。

 

現在の中田英寿さんの職業はこちらです。

現在は日本全国を巡り、日本酒や工芸など伝統文化の魅力を世界に広める活動をしている。

自ら資材を集め、運営やデザインなどすべてに携わり様々なイベントを開催。

日本の優れた経営者にも選ばれるほど、ビジネス界でもその手腕を発揮している。

「食文化や農業、ものづくりの現場を見たときには、日本の『宝』を見つけたと思った。

でもせっかく素晴らしいものを作っているのに、PRが下手だったり、海外や時代のニーズをつかめなかったりして、衰退を余儀なくされている。

それなら、作り手の情報を消費者や市場に発信すれば、市場がうまく育ち、ビジネスとして成り立つのではないか。

そうすれば、多くの人が幸せになれる。

それが自分ができることではないかと感じた」。

「第二の人生」を見つけた瞬間をこう振り返る。

「目利き」として自分の感性や勘を頼りに文化を選び、

「代理店」として作り手の情報を市場に発信し、作り手と消費者をつなぐ――。

これらの機能を中田さん自身が請け負うという発想だ。

 

上記の理由で日本酒会社のCEOとして紹介されたりイベントに呼ばれたりすることもありますが、

中田英寿さん自身は好きなことをやっているのでビジネスとしての経営理念などはあまりないそうです。

 

宮大工に挑戦したり、漁師体験をするなど日本中を周り様々な事にチャレンジしているようですね。

 

またゴルフ関連の雑誌などに中田英寿さんが掲載されていることがよくありますが、ゴルフ関連の仕事に携わっていると言うよりゴルフに魅了されていると言った方が良さそうでした。

 

中田英寿さんは2011年にゴルフにはまり、それからずっと本気でゴルフに打ち込んでます。

中田英寿さん引退してからゴルフに触れ、その楽しさに本気で取り組みたいと練習してきました。

 

そのためゴルフ関連の雑誌や取材を精力的に受けゴルフの沖縄・宮古島合宿に参加するなど、ゴルフへの熱は本物のようです。

 

中田英寿は現在年収いくら?貯金は100億円以上ある?

中田英寿さんの現在の年収はいくらなのか気になりますよね。

 

中田英寿さんがサッカーを引退してからしていたお仕事は

  • FIFA親善大使
  • 東ハトの執行役員
  • 「アドバイザリー・ボード」のメンバー
  • 日本酒や伝統工芸、文化などの普及活動

などですがどの仕事も大きな収入を得られる仕事ではありません。

 

この中で一番多くの収入を得ることができる仕事は「東ハトの執行役員」ではないかと予測されます。

一般的な役員報酬なら約2000万円以上ほどになり、さらにメディアの広告料などを含めれば5000万円以上はいくでしょう。

 

また現役時代に稼いだ貯金は100億円以上になるのではないかと言われています。

現在も収入がありさらに貯金がしっかりとあるのなら、自由に旅をしながら文化を普及することができるのもうなずけますね。

 

中田英寿のサッカー選手時代の年収はさらに凄かった!

現在でもかなりの年収がある中田英寿さんですが、サッカー選手時代の年収はさらに凄かったと言われています。

驚きの年収を所属していたサッカー選手時代ごとに紹介します。

 

中田英寿のJリーグ時代の年収は?

中田英寿さんの驚きの年収ですが、Jリーグ時代からしっかりとした年収があったと言われています。

Jリーグ入団当初の年収は1000万円で3年目あたりから4000万円以上になりました。

 

中田英寿さんは高校卒業と同時に22歳までJリーグに所属していました。

約4年間は活躍していたので4年間でおよそ1億円は稼いだことになります。

 

中田英寿の海外クラブ時代の年収は?ローマ時代は?


Jリーグから中田英寿さんが移籍したのは22歳の時です。

当時日本で一番有名なイタリアリーグのセリエAのペルージャに移籍し、その移籍金は6億8千万円と言われています。

また年収は8,100万円とJリーグ時代の倍となりました。

 

活躍を続ける中田英寿さんは次にビッククラブのローマへ移籍します。

そのときの移籍金は18億円、年収は2億5000万円という驚愕の数字です。

 

またパルマに移籍した際には33億円の移籍金が発生し、年収は4億円となりました。

ガンガン移籍金や年収が値上がり中田英寿さんの価値が世界に認めれていったのです。

 

それ以降はレンタル移籍だったので、移籍金3億4000万円や年収が2億7000万円と下がっていきますが、

それでも一般人には想像もつかない天文学的な数字を年収として収めていたことが分かります。

 

先ほども述べましたが、貯金は100億円以上にのぼると予想できます。

それだけの貯金があれば引退後は自由に旅ができるのも分かりますよね。

今後の中田英寿さんの活躍を見守っていきたいです。

 

以上中田英寿さんについてでした。