尾畠春夫のプロフィール!スーパーボランティアの現在や妻は何してる?

スーパーボランティアという異名を持つ、大分県の尾畠春夫さん。

行方不明の男児を発見したことで一躍有名人となりましたが、尾畠春夫さんがボランティア活動を行う理由はなんなのか?

尾畠春夫さんの現在とともに、その姿を追います。

 

尾畠春夫のプロフィール!なぜスーパーボランティアなの?

 

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まずは、尾畠春夫さんのプロフィールから見てみましょう。

  • 名前:尾畠 春夫
  • 生誕:1939年10月12日(81歳)大分県
  • 職業:ボランティア活動家、鮮魚商
  • 身長:161 cm
  • 体重:57 kg
  • 肩書き:スーパーボランティア
  • 受賞:大分県「ごみゼロおおいた作戦功労賞」(2012年)
  • 環境省:「平成26年度地域環境美化功績者表彰」(2014年)
  • 大分県:「日出町功労者表彰」(2018年)
  • 大分県:「大分県功労者表彰」(2018年)
  • 内閣府:「防災功労者防災担当大臣表彰」(2019年)

すでに、尾畠春夫さんは81歳を迎えられていたんですね!

それなのに、ボランティアのような行動力、大変感心いたします。

 

しかも、尾畠春夫さんは元々鮮魚商を営んでいて、ボランティアを始めたのは、約27年ほどの前のことだそうです。

 

尾畠春夫さんがボランティア活動を始めたこの頃は、由布岳の山道の整備から始めたんだそうです。

尾畠春夫さんはまだこの頃鮮魚商をしておりましたが、月に7〜8回は、40キロほどもある材料を運び出し、山道に案内板などの設置を行っていました。

この頃尾畠春夫さんは、50代だったとは思いますが、当時からとんでもないガッツがあったんですね。

 

そうして、尾畠春夫さんが65歳の定年を迎え、自身の鮮魚店を閉めるにあたって、

「学歴がない自分がこれまでやってこれた。社会に恩返しがしたい」

と奮い立ち、本格的にボランティア活動を始めたんだそうです。

 

このタイミングで、新潟中越地震が起き、尾畠春夫さんは気が付いたら被災地に向かっていたと言います。

定年まで働き通したとして、周りに感謝はしつつも、社会全体にまで感謝を伝えたいと思えるでしょうか。

尾畠春夫さんの人柄と、心のゆとり、行動力、全てにおいて素晴らしいと思います。

 

尾畠春夫は山梨キャンプ場で行方不明の少女を発見し一躍有名に

 

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災害などが起きるたびに現場に駆けつけ、ボランティア活動を行なっていた尾畠春夫さんですが、

尾畠春夫さんが世間的に有名人になったのは、ある事件が関係していました。

 

それは、2018年8月に起きた、山口県周防大島市で起きた、2歳男児行方不明事件です。

 

男児は2018年8月12日から行方不明となっており、警察や消防隊など約150人態勢での捜索も虚しく、三日間行方不明の状態が続いていました。

山口の神隠しとも言われ、捜索も絶望的だと言われていました。

 

そんな時、大分県から駆けつけた尾畠春夫さんが、捜索開始約30分ほどで、男児を見つけ出し、無事救出したのです!

警察や消防隊などのプロでも見つけられなかったのに、短時間で男児を探し出した尾畠春夫さん。

尾畠春夫さんは、自宅に「山口へ行ってくる」と書き置きだけを残し、山口県へ向かったそうです。

 

尾畠春夫さん自身は決して傲り高ぶることはなく、男児に合わせてくれた、巡り合わせに感謝すると言ったコメントだけ残しました。

もしかしたら、尾畠春夫さんのこれまでのボランティア経験が活きた瞬間なのかもしれません。

 

 

尾畠春夫は情熱大陸にも出演

尾畠春夫さんは、あのドキュメンタリー番組『情熱大陸』にも出演しました。

芸能人であれば誰しもが出演したいと願うほど、長期的に愛されている番組ですよね。

 

尾畠春夫さんが出演したのは、2018年9月23日の回でした。

引用元:https://bluesea0925.com/

番組内では、尾畠春夫さんのボランティア活動の様子と、貴重な自宅での過ごし方も放送されました。

ボランティアの現場では、尾畠春夫さんは、全て自己責任、自己完結で済ませ、食事も寝床も全て自分で用意、自身のワゴン車で済ませると言った徹底ぶりでした。

 

にわかボランティアの中には、現地の状況を理解せずにボランティアへ向かう人も多いらしく、専門知識がないままではかえって迷惑がかかりますからね。

そんな尾畠春夫さんのことを、現場の人々は、「神」「尾畠さんがいると、現場が活気付く」とコメントし、改めて尾畠春夫さんの存在感に驚かされました。

 

さて、この『情熱大陸』が放送されたことにより、世間の反応はどのようだったのでしょうか。

改めて、尾畠春夫さんを称賛する声と、自分も何かできることはないか、と新たな気づきを得られた方もいるようですね!!

 

 

スーパーボランティア尾畠春夫の現在は?今どこで何してる?

尾畠春夫さんは、昨年頃までは度々行方不明児の捜索取材などで見かけましたが、2020年になってからはあまりテレビの取材を受けていないように思います。

尾畠春夫さんはボランティア活動をやめてしまったのでしょうか。それとも、メディア出演を断っているのでしょうか。

 

尾畠春夫さんは、2020年現在も変わらずにボランティア活動を続けているようです。

 

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Twitterでも度々尾畠春夫さんの目撃情報があげられており、日本中を転々としながら、ボランティア活動を続けているのには変わりはないようです。

まだ記憶に新しい、2019年の佐賀の集中豪雨の被災地にも、足を運んでいた様子がアップされています。

2019年12月18日には、東京オリンピックの大分県の聖火ランナーが発表され、尾畠春夫さんもその中に含まれていました。

ボランティアに、聖火ランナーの準備に、尾畠春夫さんはメディアに出る暇もないほど忙しいのでしょう。

 

 

スーパーボランティア尾畠春夫に妻がいる?子供は?

 

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尾畠春夫さんには家族がいて、妻と息子、娘、孫息子が4人、孫娘が1人います。

1963年に、尾畠春夫さんと奥さんは結婚しましたが、尾畠春夫さんの妻は「旅に出てくる」と言ったきり、5年も戻っていないそうです。
カミさんは、いまは旅に出ている……。一人旅です。「自由にしたい」って。「旅に出たい」と言うから「はい、どうぞ」と。5年前に出かけて……まだ帰ってない。愛想を尽かされたらそれはそれで仕方ない。

引用元:https://gendai.ismedia.jp

 

普通、5年も帰ってこなかったら「捨てられたのでは?」と焦る気持ちが出てくるでしょう。

しかし、尾畠春夫さんは夫婦なんて元々他人なのだから、捨てられたらそれまでのこと、と割り切っていると言います。

 

決して、妻のことを見限ったわけではなく、尾畠春夫さんの今の住まいは、老後に尾畠春夫さんと妻がゆっくり過ごすために購入し、妻も家の鍵を持っているため、いつでも帰ってこられる状態にしてあると言います。

 

これも、尾畠春夫さんと妻の信頼関係の上に成り立つのかもしれません。

お互いの人生、自由にやったらいいじゃないかという考えにもとれます。

 

尾畠春夫さんの息子は公務員で、市役所に勤めています。

一度、息子から鮮魚店を継ぐべきかと言われたそうですが、「お前には継がせないよ」と怒ったそうです。

 

普通、家業を継いで欲しいと思うのが親でしょうが、自分の人生は自分で歩むというのが、尾畠春夫さんのモットーのようですね。

当たり前ですが、自分の人生は自分で歩むべき。私は子供に対してどうこうしろと言ったことはありません。国民の義務さえ果たしていれば何をしてもいい。

引用元:https://gendai.ismedia.jp

現在は、息子も娘も離れて暮らしているようですが、尾畠春夫さんは、ボランティアへ出発する時は連絡を入れており、関係は良好なようですね。

 

 

尾畠春夫はスーパーボランティアになったことを後悔していた?

 

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スーパーボランティアの尾畠春夫さんについて調べていると、「スーパーボランティアさえなければ」というフレーズを見つけました。

どういうことなのでしょうか。

 

やはり、完全ボランティアで活動するのは金銭的にも体力的にも厳しく、「ボランティア活動をするのではなかった」という、尾畠春夫さん自身の後悔なのでしょうか??

 

詳しく調べてみると、尾畠春夫さんの発言には、「スーパーボランティアという肩書さえなければ」という意味のように思えます。

男の子を無事発見したことで、尾畠さんの生活は一変することになる。多くの人から称賛され、表彰も相次いで受けた。取材も殺到したものの、脚光を浴びるのは人生で初めての経験で、生活が一変して自分のペースが保てないいら立ちから、ストレスを感じることもあるという。尾畠さんは「“スーパーボランティア”、あれがなければ最高にいい年だった」と語るが、これもまた勉強と前を向く。自分はこれまで通りであり続けたいと感じていた。

引用元:https://news.mynavi.jp/

 

尾畠春夫さんのボランティア活動が世間に公になってから、メディアはネタを見つけたと言わんばかりに、尾畠春夫さんを追いかけまわします。

ついには、2018年の新語・流行語大賞に「スーパーボランティア」がノミネートされるまでに広まってしまいました。

 

尾畠春夫さんは、始めは被災地などの現場を知ってもらうためによかれと、取材を受けていました。

しかし、次第にスーパーボランティアという言葉がどこに行っても尾畠春夫さんに付き纏い、ついには尾畠春夫さんをノイローゼまで追い込んでしまいました。

 

2019年の2月頃には、尾畠春夫さんが夢をかなえるとして、東京~大分間を徒歩で渡る計画をしたのですが、各地で大人数が殺到し、交通事故を懸念した尾畠春夫さんが、やむなく中止する事態もありました。

 

普通の人なら、スーパーなんて呼ばれたら鼻高々になってしまいそうですが、尾畠春夫さんのボランティア活動は、あくまでも社会への恩返しのためであり、決して名声を得るためのものではなかったのです。

 

尾畠春夫さんは、自身のボランティアへの想いと、世間からの自身への見方のギャップに苦しんだのではないでしょうか。

ボランティアが完全に特別なこと、色物扱いされていますからね。

 

尾畠春夫さんは、決してボランティアを後悔しているのではなく、スーパーボランティアという扱われ方を後悔していると言えます。

 

今回は、通称スーパーボランティアの尾畠春夫さんについて調べてみました。

筆者は改めて尾畠春夫さんの信念や行動力に感心するとともに、自分は毎日ぬくぬくと生かされていることに気が付きました。

自分でなんでもできる気になっていますが、実は人との支え合いで成り立っていることを、もっと実感するべきかもしれません。



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